歌碑巡りコース

こんにちは、今日も亀屋石材のブログを訪れて頂きありがとうございます。

今日は私も最近見知ったのですが仙台駅の東口から楽天球場へと伸びるあおの真っ直ぐな通り「宮城野通り」のお話しです。
あの宮城野通りには「歌碑巡りコース」というのが有りまして宮城野通りと交差する東八番丁通りから東九番町通り、宮沢根白石線と交差してますが、その区間内に合計で10枚の歌碑を彫った石板が歩道内に埋め込まれているんです。写真でお見せしますとこんな感じ、

「山家集」西行法師
「あはれいかに くさはのつゆの こぼるらむ 秋風たちぬ 宮ぎののはら」

⁂秋風が吹き始めた宮城野の野原では、草の葉に宿った露はどれほど零れ落ちてるだろう。

西行法師は平安時代の末期から鎌倉時代が始まる頃までの時代の方で源平の争乱などがあった激動の時代を生きた歌人ですね。800年前以上前に此処、宮城野に二回訪れているとか…
そうすると、訪れた時の風景や、旅の心情やそんな想いを馳せて詠んだ歌のように思えます。
その時代、宮城野の野原は今の仙台新港、北東の多賀城辺りまで「広大な野原」が続いていたそうです。広大な野原には宮城野萩やススキなどが生い茂り、日本全国に知れ渡る程に美しい情景だったようです。そんな中に夜になれば月も輝きを増して見えていた事でしょう。
それで「萩の月」!なんだね!そんな広大な野原ならば海面に映る月明りも見えていたのかもしれませんね。

「拾玉集」 慈円
「宮ぎ野や しもやたびおく 萩のうへに かれぬは月の ひかりなりけり」

*宮城野では、何度も霜が降りているのに萩の上だけは枯れずに美しくみえる、それは月の光が優しく照らしているからだろう。

月の光が霜が降りた萩を照らし、それらが白く光り月が輝く幻想的な情景が浮かびます。どの歌人も宮城野では「萩」や「月」を歌ってるように、素晴らしい風景だったのでしょう。
そんな風に思えてきます。

もう一つだけ、紹介しておきますね💦  古文の授業は退屈だったからね、、気持ちはわかります。コレで今日は最後

「千載和歌集」  源 俊頼

「さまざまに こころぞとまる 宮ぎのの 花のいろいろ むしのこえごえ」

*さまざまな花の色や、さまざまな虫の声に、私の心はアチラコチラへ動かされ引き留められる

野営でもしていたのでしょうか?月夜の晩に月明り照らされる花、そして無数に聞こえる虫の声。そんな情景を思い浮かべてしまいます。
そんな風景、見てみたいなぁ~   篠笛なんかや尺八など聞こえてきそうだ。
まだ西洋の音楽などは入って来てないでしょうから、日本の独自の文化と風景が物凄く贅沢に貴重に思えてなりません。

と、このような想いを馳せた歌碑の作品が「宮城野通り」にありますので、もし思い出したら探して歩いて見てください。中には「詠み人知らず」と記されてる歌もあります。私はそれが一番儚くて美しく感じた歌でした。

                (有) 亀屋石材

          981-0121 利府町神谷沢字塚元72-1(展示場)

                     電話:022-396-0315

                     FAX:022-396-0316

シルバーウイークと秋彼岸

今日も亀屋石材のブログを訪れて頂きありがとうございます。

9月に入ってから日本の気候がアチラコチラで暴れてますね💦集中豪雨や川の氾濫💦
ここのところもずーっと雨続き。。。
そんな中、亀屋石材でも事件がありました。いつも事務所滞在と経理をしてくれてる母が雨天時に店頭で転倒してしまい、なんと腰椎骨折してしまい60日近く入院することになりました。
現在は痛みも引いてリハビリ中ですが、私も焦ってしまいました💦
え!?コレがきっかけで歩けない?とか、
車椅子になっちゃうの?とか、
下半身麻痺になったり!?と、あらゆる可能性を頭に巡らせて脳が警戒態勢を取っておりました。でも運が良いのか、身体が強いのか、心配していたようなことは無く、少し不便は感じるものの今まで通りの生活は出来そうでホットしております。
「いつまでも、有ると思うな親とみそ汁」
そんな気持ちで迎える秋彼岸です。
お墓参りして先代に御礼伝えないといけませんね。

お彼岸中は天気が崩れると予報が出ておりますが、濡れている石の上は大変滑りやすくなってます、くれぐれもサンダルなどで出向いてしまった場合などは足元にいつも以上に気を配らなければなりません。ほんの些細な事で怪我するもんです。悪天の時などは更に余計な事も考えながらの行動になるのが人の常、心を整えて出向きましょう。
いつぞやの北山霊園からの仕事終わりにに見かけた夕陽がとてもとても綺麗だったのできょうのブログに載せておきます。しっかりと中山の観音像の姿も見えてます。なんか映画のワンシーンのようでした。ココは「北山2丁目の夕陽」ですね。

そしてご心配頂きました皆様にも感謝致します。
気にかけてくださり大変ありがとうございます。

               (有) 亀屋石材

       981-0121 利府町神谷沢字塚元72-1展示場)電話:022-396-0315

                            FAX:022-396-0316

お盆に向けて、新たな気持ちで❣

こんにちは、今日も亀屋石材のブログを訪れて頂き、ありがとうございます

今日は8月1日、先月は熊本でまた大きな地震で甚大な被害がありました。猛暑の中の災害は残された方々の精神を削っていきます。私には祈りと義援金に協力するしかできませんが、被災された方々が助け合い、協力しながらも前を向いて歩きだせるように導き有ります様に願います。

8月のお盆を控え、亀屋石材も「墓石の清掃」や「寺院の清掃」などお盆を迎える前の業務が増えてまいりました。
そんな中一つの建墓の仕事から、私の信念に響いたお話しを今日は此処に記しておこうと思います。

今年の6月に私の従兄弟が亀屋石材でお墓を建てました。
従兄弟は今年から亀屋石材に従業員として迎え共に働いてくれてます。私と従兄弟は同じ年齢で小さな頃から見知った中です、とはいえ思春期を過ぎ社会に出てしまえばお互いに別な人生観を送って来たと思います。
そんな彼が、震災辺りから自分の大工の仕事が無い時などは亀屋にお手伝いに時々顔を出してくれる存在でした。
彼は小さな頃に両親の離婚を経験し、後の母親のパートナーと共に育ち小学、中学、高校、と扱いにくい思春期を母親とパートナーに守られ、彼が社会に出るころには母親のパートナーは闘病の末に亡くなり、その感謝の気持ちを形に出来ぬまま日々を送り、自分も色々な社会経験を積んできて、紆余曲折の人生の中「亀屋石材」に流れ着き、自然に育ててくれた父親の墓石を新しく作ってあげたい。そしてそれは誠に思慮深く、他の人たちへの配慮も考えた末の建墓でありました。
まず、A家には他の子孫も健在する事、B家は自分の家族、C家は(現在の自分の母親のパートナー)。この三者が苗字、家督も違えど実際に人生に関わってきた彼にとっては大切に感じてる人達。
この三者が入るには「〇〇〇家之墓」ではなく「南無妙法蓮華経」と入れて、苗字の違う三者の「家紋」をそれぞれ三つ入れて、もともとのA家の先祖の戒名彫刻も残したまま、一度は切れた「縁」が再び縁を垣間見れるようにと、考えていた。

私はこの建墓に至って自分の心の奥から響く何かを感じていました。
「墓じまい」が進んでいく時代に不信感もあり、それらに根ずく「途絶えた感情」「続けられない事情への劣等感」「残った者たちに迷惑かけられないという感情」に止む終えなさを感じるのである。何か家系墓石の継承とも違う新たな墓石の継承の仕方を考えさせられる、今の時代に。
勿論、菩提寺には菩提寺のルール、公共霊園には公共のルールは存在する。
菩提寺の住職に相談しお話しをした上で理解を示してくれた事も、またルールである。

時代はどんどんと進化しているように見えるが本質的な敬う心大切に思う気持ちは変わっていないと思う。只それらを表したりする機会が削られているような気がする。
「時代の進行」も「墓じまい」も「樹木葬」も否定はしない。
只、そこに「敬う気持ち」「大切な心」を金額と比例させないで欲しい。
もっと堂々として欲しい。

私は石材店の二代目として継承しているが、今回の建墓の仕事から自分の仕事、いや私の代からの亀屋石材の信念を「愛・平和」に元ずく所から発信して行こうと思った。
私は個人的に、音楽も好きだし、「Love&Peace」は勿論、音楽から学んできた事。
そういった別な所で学んだ事を仕事の信念に生かして沢山の「愛・平和」を提供できる墓石屋があっても良いだろ。

世の経営者が聞いたら笑うかな!?

でも、その方向が私にはしっくりくる。

ホント、「信念、明けましておめでとう!」

そんな私の信念が固まったお話しでした。2週間もすればお盆入りです。命を繋いでくれたご先祖様に感謝の気持ちで「お盆」をお迎えください。

今日のタイトルは「ひだり」!

今日も亀屋石材のブログを訪れて頂きありがとうございます!

今日は心が動かされてしまったお話しです。
長年お付き合いのあるご夫婦から古典のお誘いがありました。そのご夫婦は私が趣味でやっている南米バンド「ロス・ミドラス」のトップファンでもありますw
その奥様が近年脳梗塞のために左が麻痺して現在はリハビリを頑張っておられます。いつもご夫婦で見に来てくださり、差し入れを下さったりと長年もの間、演奏する我々を励ましてくださった方です。そんなご夫婦から一通招待状が来ました。

予想つかない事を楽しむ感じ!!
この言葉だけでワクワクするし、何しろこの「ふうこさん」が超前向き宣言しているのがキラキラ伝わって来ました。意表を突いたこの閃きに感銘を受けました。
明日は我が身。自分の人生にだって何時なにが起きるか分からないけど、こんなユニークな歩み方をされている先輩がいてとても嬉しくなった。
私もこんなふうに生きていきたい。そう思えました。
僕の心が動いていました。この「ひだり」を石に彫って個展までには完成させてプレゼントしたい!と。

女性の方が「ふうこさん」隣にいるリュウさんが石板を持ってくださってます。

数ある作品の中で、ノートの右には右でしっかり描かれた文字、左には予想つかない左手で描かれた文字のノートがありましたが、左手で描かれた文字が表情というか風情というか、味が出ているんですよね~。不思議です。アートってなんなんだろう?芸術ってなんなんだろう?
感じ方ってなんなんだろう?


このロックな「ご夫婦」大好きです!

とても励みになるし、人生の指標にしよう!!

河北美術展

こんにちは、今日も亀屋石材のブログを訪れて頂きありがとうございます。

今日は以前亀屋ブログにも登場された加藤画伯の入賞作品を観に東北福祉大ギャラリーミニモリへ足を運び拝見して来ました。
たくさんの素晴らしい作品がありました。プロ顔負けの大きい絵や可愛らしい手作りのものまで展示されてる中、みつけました「加藤画伯」の絵を!私はなるべく「名前」で探さずに作品を眺めてから誰だろう?って感じで見つけたい、と思っていたところ、、、「ん!?」名前を確認「はい、当り~!」

「月下三香」
月夜の良い絵です。提灯の明るさの表現が上手だなぁと思って見ておりました。
加藤画伯の絵を何回か観てますが「顔」をしっかり描く印象があって、しかも美人に描くんですね。三人の顔を見てると何となく奥様に雰囲気が近いように思います。ご夫婦を知っているからそう見えるのかもしれませんね。加藤さんがまた事務所に遊びに来た際には聞いてみようと思います。「龍宮」へ行かれたのか?想像の中なのか?何日間費やしたのか?

見終わってからミニモリギャラリーのカフェで母とランチして来ました。レジには亀の置物が沢山あって眺めていたら店員さんが「亀の如くゆっくり進んでいくことがモットーなんです」と話されていました。ハイ、私のモットーでもありますよw

ほんと、のんびり生きる事や考える事って大切です。仕事に追われ、良かれと思い早く済ませ、良かれと思いつらつらと、動いていると「のんびり」が「ダラダラ」に思えてくるモンです。太陽と月は誰の上にもやってきて巡ってくるのですよね。

「普通だろ!」と突っ込み入れた方は健全です!

時々忘れてしまってる事があります、当たり前すぎて。

で、今後もゆっくり進みます、亀屋石材~🐢

「恩師へ向けて」

今日も亀屋石材のブログを訪れて頂きありがとうございます。
今日はまた一つのお別れが来てしまい、思い出を書き残そうと思います。

私にとっての「恩師」それは中学時代(利府中学校)のバスケット部の顧問、佐藤昌士先生
です。当時の利府中学校バスケット部の黄金時代のみならず宮城県のバスケットボール協会に多大なる貢献と情熱的な技術指導を残した人物だと感じています。
当時の利府中学校のバスケットボールは全国レベルでした。強豪桜が丘中学とは常にライバル。昌士先生はユニークな面も持ちつつ時に厳しく(中高生が持ってしまう生意気さには特に厳しく、逃げられない壁でもあった
バスケット部のマネージャーをしていた私(1年の夏休みに悪さをして以来マネージャーに降格、、)
そう、私はいつでも監視下に置かれていた(涙)。でもその立ち位置から色んな事を学べた良い時間でした。マネージャーは部員の練習のサポートや、練習試合の審判、などを経験した。
審判などしているとプレーをしている選手の動きを止める行為が多々あるので、中途半端な気持ちだと文句を言われる事が沢山ある。同学年や下の学年からも文句を言われる場面もあり毅然とした態度と決断力は此処で培われたと感じています。

昌士先生の指導力の中で後年に渡り私に影響を与えたエピソードを一つ紹介したいと思います。30数年も前の事で記憶も定かでは無いのですが、
ある試合で接戦の中繰り広げられる試合展開の中、僅か1点差で勝利目前の利府中。残り時間が僅か20秒。そのまま相手にシュートをさせなければ勝てる試合の中、タイムが掛かりお互いのチームが気を引き締める為に各々の監督のもとへ、、、、すると昌士先生は突然「残り20秒をゾーンで守り抜け!」とバスケットボール、いや勝負の世界を知る者は(マンツ―マンで守る方が良くないか!?)と思うはずである。マンツーマンとは一人に対して一人がしつこくガードする防衛パスを出すにもシュートするにも厄介な存在になる事なのであるが、それがゾーンという事は五人なら五人が中に入られないように五人で距離を見計らいながら相手が遠距離でしかシュートできないようにするのである。これも賭けではあるのだが、、、、。
確率的にはマンツーマンで守った方が有利なのである。。。。
残り10秒過ぎたころに相手が放ったシュートが決まり逆転されてしまった。すぐさま反逆に出るがわずか数秒ではドラマのようには行かずに敗戦となった。悔し涙と何故!?が頭の中を巡っていた。試合終了後はプレイヤーの中には憮然とした態度を取っている者もいるほどに納得がいかない様子だった。その後、選手達が集められ昌士先生から反省と指導を受けた。
その言葉の中に「普段から練習を見ていると一人だけ仲間外れに見えていた部分がある」
「その仲間意識のままでマンツーマンをしても必ず抜かれた人間のせいになる」普段のコート以外での生活態度も大きく戦い方に影響してくるのだ。と言い放った。
私は生徒側で見ていた方なので、先生には見えてない部分も知っていたが、その言葉が物凄く崇高な物言いに思えてならなかった。勝利だけを目指しているのではなく教育者としての一面を見て勝利と教育を天秤にかけあっさりと教育を選択した昌士先生に心が高ぶったのを覚えている。その場面に立ち会えた事は私の人生の中でとても重要な場面であった。その時に優勝したチームには申し訳ないがワーワーキャーキャーと勝利を喜んでる姿が幼く見えるほどに一瞬にして成長した瞬間だった。

私にそんな経験をもたらしてくれた恩師、佐藤昌士先生。当時は悪戯好きで大分げんこつも頂いたが最後にはとても綺麗な物を頂いた。
体格差があるチームにも徹底した基礎力と走り勝つ奇跡を実現させていた数少ない最高の指導者だったと思います。こんな指導者に巡り合えた事、が私の人生で自慢できる事です。

そんな強靭な指導者も桜が散っていくのと同時に旅立ちました。
最大の敬意を以って見送ろうと思います。

「私の心にも昌士先生の教えが宿っている事に感謝してます、先生ありがとう!!」

二つの禅語

今日も亀屋石材のブログを訪れて頂きありがとうございます。

本日は雨天のために現場作業は中止にして、そんな時間をAI先生とお勉強しておりました。
二つの禅語を覚えたので意味を理解しつつ、恥ずかしげもなく絵で表現しようと思います。
小学生レベルですので何卒ご容赦願います!🙇‍♂️💦
一つ目~

不戦勝負

【不戦勝負】ふせんしょうぶ
争ない事こそ本当の「勝利」
平和を願い、争いを超えた道を探し選んで行く。

その昔、沖縄出身の日本人音楽家、喜納昌吉がデザインされたTシャツで背中に
「全ての武器を 楽器に!」というスローガンを抱えていましたが、ホントですよね。

そして、二つ目~

【同流異曲】どうるいきょく
宗教や教えが違って見えても根底にある真理を目指すものは同じ。という意味

こんな、どうしようもない絵を、、(苦(笑))
わかります?一応説明するとお地蔵様(仏教の神イメージ)、アラーの神(イメージ)、ヒンディー教の神(イメージ)、ネパールのブッダアイ(イメージ)、ネイティブアメリカンの太陽、キリスト教の十字架、と思って描いてます。
なかなか筆ペンを使うのって、思った通りには行かないものですね(汗

ココに来て、恥ずかし気もなくブログに載せてしまう事を後悔し始めてる~~~。ウゥゥゥ、

「エイ!!公開じゃ!」

明日のあなたに二つ、良い事が起こります様に

ご自由にどうぞ!

こんにちは!今日も亀屋石材のブログを訪れて頂きありがとうございます。

春彼岸が終わりました。お墓参りに行けた方も、行けなかった方もご苦労様でした。
今日は我が菩提寺、「東雲院」でのホットな小さなワークショップをご紹介したいと思います。お彼岸が明けた24日にお寺に行ってみると古い本堂の外の棚に「ご自由にどうぞ」と書かれた紙が下がっており、見てみると何とも可愛らしいお地蔵様たちがズラリと並んでおりました。きっとお檀家さんの誰かが着なくなった着物生地などで丁寧に作られたオリジナル地蔵。
どの地蔵様もおシャレに着飾って貰い手を待っておりました。

「ご自由にどうぞ」

一つ一つ丁寧に包まれて色違いのリボンで留められて、、作り手の貰い手が喜ぶ気持ちを想っている事が良く分かりますね。良い職人さんだと思います。一体作るのにいったいどのくらいの時間を費やすのでしょうか?
そして、この「ご自由にどうぞ」。このご時世で素晴らしいです。ここのスペースが他にも「ご自由にどうぞ」が増えたら面白そうですね!?
当社でも何か「ご自由にどうぞ」考えようかなぁ~👀
良き動向は何か心までも動かしてしまいますね。
このお地蔵様の生みの母に感謝致します。

亀屋石材の墓石

それではブログを訪れて頂いた方々に、

明日良い事が、三つあります様に✌👍

春彼岸は17日から

亀屋石材の展示場

こんにちは!
今日も亀屋石材のブログを訪れて頂きありがとうございます。
17日から彼岸入りですね、今年も早々から花粉が舞ってクルマのフロントガラスには黄色い
花粉が溜まっています。お墓にも沢山付着しており雑巾掛け程度ではなかなか取れにくい頑固な花粉、、、、。出来ればブラシなどで水かけでゴシゴシと大雑把に全体を擦ってから雑巾で拭き取るようにすれば楽に清掃できると思います。私はベテランの花粉症です、今日みたいに風がある日は朝方からグズグズ、ウルウルです。今日の日曜日は彼岸前ということもありお墓の清掃に来られてる方々が多く、掃除道具を持ち込んで墓掃除されてる方を多く見ます。
我が家のお墓が綺麗になると気持ちが良いし、とても良い事をした気分になりますよね、なぜか。

綺麗と言えば、先日関わったお客様で若くして亡くなられたお嬢さんの顔写真を石板に彫刻して墓地内に飾られたお客様がおりました。若い命が先立ってしまう気持ちは計り知れない悲しさや後悔があります。そのご依頼受けた仕事も順調に進んでいく筈でしたが、私の手違いで、納期が遅れたりケアレスミスもあり御家族にご迷惑をかけてしまいました。私は仏壇に手を合わせたくなり御自宅にお邪魔して御仏壇に手を合わせました。仏壇の周りには沢山の友人たちからのメッセージ、友人たちと楽しそうに映ってる写真、生前の姿が少しだけ私にも見えてきました。するとお父様が私に携帯で撮った動画を見せてくれました。休日の陽気な日差しが射しこむリビングで細い小さな指でギターを弾いてる女の子。覚えたての綺麗な旋律を笑いながら披露してる短い動画、その動画を見た時思いました。この子、「わたしもギター弾くんですよ!」って教えたくて自宅に呼んでくれたのかな!?って。その曲は「夜明けと蛍」、歌詞も凄く良くて簡単なコード進行だけど繰り返す旋律が少しずつ変わっていくので実は難しい曲。
ヨルシカのギターの人がだいぶ前に作って初音ミクに歌わせた曲。そして名曲になって沢山の人がカバーしている。思春期には刺さる歌詞だ。その曲の綺麗さを知ってるだけに、故人のお嬢さんを少し知れた気持ちになった。私も趣味でギターを弾くので同志と思っている。凄く近く思えて仕方なかった。令和のこの時代でもミサイルや核で戦争してるんですよ?正義をかざして。もう武器は音楽しかないじゃないか!音楽したいと思ったきっかけは社会風刺を入れた音楽がとっても正義でかっこよく見えたからなんですよね、若い頃に。そんな健全な気持ちを汲み取る事が出来た。私は多分この子の事は一生忘れないでしょう。
そのころに見た珍しく綺麗に見れた「月の環」の写真を載せておきます。

それでは良いお彼岸をお迎えください。

斉藤 清 作
1991年 木版画
「かすみ慈愛」

弾丸で大阪へ!

こんにちは、今日も亀屋石材のブログを訪れて頂き、ありがとうございます!

先日、二日程お休みをいただき大阪は十三、「グランドサロン十三」という老舗のキャバレーへ行ってまいりました。私が個人的に大好きな野外劇団「楽市楽座」の佐野キリコさんと偉大な歌手白崎恵美の共演で生バンド有りの「白バラ・ナイトショー」を観に行ったのです。
グランドサロン十三、、昭和の匂いぷんぷんでボックス席まであって豪華なアクの強い雰囲気がまた良かったです。

白崎恵美 山形は酒田出身のシャンシャン台風ってバンドで歌うたってた方!80年代だねぇ
梅津和時さんのサックスが緊急ゲスト出演!!この方、仙台は大崎の方なんです!あの忌野清志郎さんのバンドでサックス吹いてた!

昭和の良き時代の豪華な夢をそのまま大切にして、今もなお営業されているのだから素晴らしい!ちょっとシャンソンなど聞きたくなる雰囲気でした。

そして、次の日には帰り支度しながらも、いそいそと大阪城を巡ってきました。

日本一の高さを誇る城壁だそうです。。
こりゃ、落ちたら、登れないよ。

石垣のデカさよ

こんな大きな石をどうやって運んだの?
まァ見事に細い部分も石を加工しちゃってます(汗
豊臣の力を見せつけられた~~
でも、こんな大きな石に囲まれてると何だか要塞の中にいるようでした。

この不揃いの美しさよ!

細部まで加工されて、物理と洒落た感じが伝わります。

この角石、角脇石の立派なこと。。間違っても角から落下したくない(汗

そんなこんなの弾丸大阪一泊旅行でした。

もう3月もすぐそこまで来てます。春彼岸に向けて準備しなきゃ!
今年の春彼岸入りは17日の大安吉日!

良い彼岸をお迎えください~!

「ん~、音楽は世界を救う」

No music No life !

No先祖 No生命!