こんにちは、今日も亀屋石材のブログを訪れて頂き、ありがとうございます
今日は8月1日、先月は熊本でまた大きな地震で甚大な被害がありました。猛暑の中の災害は残された方々の精神を削っていきます。私には祈りと義援金に協力するしかできませんが、被災された方々が助け合い、協力しながらも前を向いて歩きだせるように導き有ります様に願います。
8月のお盆を控え、亀屋石材も「墓石の清掃」や「寺院の清掃」などお盆を迎える前の業務が増えてまいりました。
そんな中一つの建墓の仕事から、私の信念に響いたお話しを今日は此処に記しておこうと思います。
今年の6月に私の従兄弟が亀屋石材でお墓を建てました。
従兄弟は今年から亀屋石材に従業員として迎え共に働いてくれてます。私と従兄弟は同じ年齢で小さな頃から見知った中です、とはいえ思春期を過ぎ社会に出てしまえばお互いに別な人生観を送って来たと思います。
そんな彼が、震災辺りから自分の大工の仕事が無い時などは亀屋にお手伝いに時々顔を出してくれる存在でした。
彼は小さな頃に両親の離婚を経験し、後の母親のパートナーと共に育ち小学、中学、高校、と扱いにくい思春期を母親とパートナーに守られ、彼が社会に出るころには母親のパートナーは闘病の末に亡くなり、その感謝の気持ちを形に出来ぬまま日々を送り、自分も色々な社会経験を積んできて、紆余曲折の人生の中「亀屋石材」に流れ着き、自然に育ててくれた父親の墓石を新しく作ってあげたい。そしてそれは誠に思慮深く、他の人たちへの配慮も考えた末の建墓でありました。
まず、A家には他の子孫も健在する事、B家は自分の家族、C家は(現在の自分の母親のパートナー)。この三者が苗字、家督も違えど実際に人生に関わってきた彼にとっては大切に感じてる人達。
この三者が入るには「〇〇〇家之墓」ではなく「南無妙法蓮華経」と入れて、苗字の違う三者の「家紋」をそれぞれ三つ入れて、もともとのA家の先祖の戒名彫刻も残したまま、一度は切れた「縁」が再び縁を垣間見れるようにと、考えていた。

私はこの建墓に至って自分の心の奥から響く何かを感じていました。
「墓じまい」が進んでいく時代に不信感もあり、それらに根ずく「途絶えた感情」や「続けられない事情への劣等感」や「残った者たちに迷惑かけられないという感情」に止む終えなさを感じるのである。何か家系墓石の継承とも違う新たな墓石の継承の仕方を考えさせられる、今の時代に。
勿論、菩提寺には菩提寺のルール、公共霊園には公共のルールは存在する。
菩提寺の住職に相談しお話しをした上で理解を示してくれた事も、またルールである。
時代はどんどんと進化しているように見えるが本質的な敬う心や大切に思う気持ちは変わっていないと思う。只それらを表したりする機会が削られているような気がする。
「時代の進行」も「墓じまい」も「樹木葬」も否定はしない。
只、そこに「敬う気持ち」「大切な心」を金額と比例させないで欲しい。
もっと堂々として欲しい。
私は石材店の二代目として継承しているが、今回の建墓の仕事から自分の仕事、いや私の代からの亀屋石材の信念を「愛・平和」に元ずく所から発信して行こうと思った。
私は個人的に、音楽も好きだし、「Love&Peace」は勿論、音楽から学んできた事。
そういった別な所で学んだ事を仕事の信念に生かして沢山の「愛・平和」を提供できる墓石屋があっても良いだろ。
世の経営者が聞いたら笑うかな!?
でも、その方向が私にはしっくりくる。
ホント、「信念、明けましておめでとう!」
そんな私の信念が固まったお話しでした。2週間もすればお盆入りです。命を繋いでくれたご先祖様に感謝の気持ちで「お盆」をお迎えください。
